純愛ディソナンス 11話(最終回) 感想|協和音の始まり…ですね。
お、おう…そうなるのね…な最終回。
前々からバッドエンド説を唱えていた私としては、
あんなにどこもかしこも大団円で綺麗に収まるとは全く想像していませんでしたよ(笑)
まぁ、ある意味「先が読めない」着地点ではありましたけどね…。
でも、個人的には、賢治(光石研)が冴(吉川愛)を刺しに行くとか、
階段から突き落とすとか、幸せムードから一変して、
最後の最後で「やはり宿命からそう簡単には逃れられない」というのを物語る
不穏なラストも見てみたかったなぁって気はしてます。
…いや、元々は恋愛モノだから別にそこまで悲劇の方向に行かなくとも、
全部回収する必要はなかったんじゃないですかね。
近年の作品と同じ全11話での放送なのに、
なぜか打ち切りで話数が短縮されて、一気にまとめに入ったように感じてしまうのは、
やっぱり描くべき個々のエピソードを増やし過ぎたのが最大の原因でしょう。
それぞれの物語が絡み合って、化学反応が起こる様は面白く見られたんですが…
登場人物を2〜3人減らす…特にシェアハウス内での三角関係の描写をカットしたら
まだ最終回という名のケースに物がぎゅうぎゅうに詰まるなんて事はなかったのかもしれません。
ただ、本作を好意的に見てきた分、今回もポジティブに捉えるとするなら。
人間関係の変化を描く上で、今までの話が「不協和音」ならば、
最終回は「協和音」という表現の仕方も出来るのかなぁ…と。
これはちょっと強引に例えになるかもしれませんが、
正樹がピアノで伴奏する曲は、どの曲も"完成形"になるように
最終的には美しく聞こえる「協和音」に調整されていくのが一般的ですよね。
(不協和音で魅せる音楽もあるにはありますが…とりあえずそれは置いといて。)
本作もそれにちなんで、ドラマまるまる1本を"音楽"だと考えれば、
ハッピーエンドで終わるのも不思議ではないのかも…?と思えている自分もいます。
まっ…「親子の物語」である本作に因んで、
息子にらっきょうをよそう賢治の"どこにでもいる家庭的なお父さん"っぽさが見られたのと、
冴の屈託のない笑顔が見られたお陰で、
4割がた「これで良いか〜」って気持ちにはなったんですけどね(笑)
父と楽しく過ごせるのがCM(=妄想の世界)だけだった北都(和田正人)が
ようやく報われ始めた最終回…とも言いましょうw
碓氷家のその後があんなアットホームな感じで見られるとは、何だか意外でした。
静(富田靖子)が急に物分かりが良くなったのは、自分に素直についてきてくれる娘は
やっぱり「おもしれー娘」じゃないと気づいたからなのか…とか、
治療費は結局どうなったのかとか、そもそも最初から2人で遠くに引っ越していれば
あんなに面倒な事に巻き込まれなかったんじゃないか…とか、
あとは…海のシーンでのちょっと太って見える衣装問題とか。
↑羽織物が薄紫で、下がベージュのダボっとしたパンツの組み合わせが悪かったのか…??
いろいろツッコミどころはあったものの、
それでも、最終回まで惹きつけるだけの引力を感じさせる作りだった事には間違いありません。
ライティングへの強いこだわりはもちろん、
流れただけで哀愁感漂う世界観を作り出してくれる劇伴も、
個人的には少年のイメージがあるHey! Say! JUMPが歌っているとは思えないほど
雰囲気に馴染んでいた主題歌も好きでした。
美しい一面よりも醜い一面を見せる事が多かった人間模様の中で、
もがき足掻いていく人々の姿を見守る面白さのある作品だったと思います。
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