プリズム 5話 感想|他人には推し量れない"相手を想う気持ち"の線引き

 

 

今回は何だか、核心を突く台詞が多かったですね…。

中でも、一番ハッとさせられたのは

「やっぱり普通ってさ、結局、誰かが作った基準でしかないよね」

という悠麿(森山未來)の言葉。

 

生きてきた時代も、年代も、住んでいる環境も

バラバラの人たちが同じ1つの星にいるのだから、

人それぞれ「普通」の尺度は違っていて当たり前ですし、

彼の言う通り、誰かの考える「普通」が最も正解って事もないんですけど。

「普通」に囚われ過ぎて、浮かないようにそれに合わせなきゃいけない…っていう

生き方になってしまうのが、残念ながら、現代社会では付き物なんですよね。

 

そう考えさせられるきっかけ作りとして、婚姻関係のないパートナーがもたらす影響を

“問題提起"ではなく、あくまでもさらっとメインエピソードに溶け込ませるように

取り入れてきたのも良く出来ていたなぁと。

「私が一生面倒見る」と言い切ってくれる人が、家族として見なされない悔しさ。

同性婚を受け入れる証明書を発行してくれる公的機関がまだまだ少ないという現実。

耕太郎(吉田栄作)が入院したケースだけに限らず、

あらゆる場所で"壁"にぶち当たったり、自分たちの居場所のなさを痛感したりする経験は

今までにもたくさん味わってきたのだろうという事が

耕太郎のしわの刻まれた細い手の長めのカットで察せられて、

何だか胸がキュッとなってしまいました…。

 

一方で、耕太郎に気持ちをぶつけたお陰で、初めて心が少しだけ軽くなったように見えた

妻・梨沙子若村麻由美)の立場も、決して"悪"ではないんですよね。

夫が今でも当時の家族での思い出を、パートナーに嬉しそうに語り続けるのと同じで、

梨沙子も夫と娘を愛し続けているし、想い続けている。

“想い"がまだ残っていれば、騙された…と感じてしまうのは自然現象だと思います。

でも、長く親身に寄り添ってきた関係性だったから、

耕太郎が誰も騙していないという事は梨沙子自身も分かってはいて。

分かってはいるんだけど、2人に近づいたら自分の気持ちが否定されそうで怖くて…

そんな彼女に必要なのは、背中を押してくれる存在だった。

 

相手を想う気持ちの何が嘘で、何が本当かなんて、自分以外の他人には推し量れない。

「誰にも言えない苦しみを溢してみる大切さ」は、昨日のドラマでも描かれてましたね。

新たな関係を築いた者、懐かしい思い出を支えに生きている者…

どの登場人物にも平等に寄り添い、様々な心情を深掘りする事で生まれる豊かさを

感じさせてくれるお話だったと思います。

そして、水川(岡田義徳)が梨沙子に本音を伝えるシーンでかかっていた

鉄筋風(?)の軽やかな劇伴には、かなり救われた感覚がしました。

前回の感想でも書いたように、書き方次第によってはドロドロした雰囲気にもなるだろうに、

それとは真逆の心地良さが終始滲み出ている作風が良いんですよね。

 

次回は、バトンタッチした陸(藤原季節)がいよいよカミングアウトする時。

ドキドキもんです…。

 

 

 

 

 

 

 

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